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渡月橋でデートをすると別れるジンクスとは? カップルでデートするなら渡月橋に行くな!

      2017/01/30

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カップルや気になる方とデートする時に気になることありますよね?井の頭公園のボートに乗ると別れる。ディズニーランドでデートすると別れる。なんていうジンクスです。せっかくデートにきたのに、そこに行ったら別れるなんて、よくありません。そんな起こって欲しくないジンクスの一つに「渡月橋でデートすると別れる」というものがあります。京都の有名な観光スポットである渡月橋に、こんなジンクスがあるなんて。なんて思いますよね。

もし、知らずに行っていたら、別れてしまうことになってしまうかも・・・。

でも、どうしてそんなジンクスがあるのでしょうか?

・渡月橋でデートすると別れるって本当?

京都にも、デートをすると別れてしまう。というジンクスがあるスポットがあります。

それが「渡月橋(とげつきょう)」です。

渡月橋といえば、京都市の右京区と西京区を結ぶ橋です。嵐山のシンボルともいわれ、観光に来た方のほとんどがこの橋を見るのではないか。と言われるほど有名な橋なのです。コンクリート作りで、車が何台も渡れる橋でありながら、木造のように見える橋なのです。そのため、嵐山の風景によく馴染み、風情あることから、今日でもとても親しまれています。明治時代に撮られた写真にも写っており、観光名所として紹介されています。すでに、この頃から渡月橋は有名だったようですね。かなり以前から賑わっていたようです。

また橋の先、西京区の方には法輪寺というお寺があります。創建は古く、平安京が京都に造営された頃にはすでに創建されていたといわれています。このお寺は、渡月橋と深い関わりがあり、昔は橋を管理をしていたそうです。そのため、修理するため、その補填のために通行量などをとっていたという記録も残っており、修理などを含めてキチンと管理をしていたようです。

もちろん、この頃には渡月橋をカップルが渡ると別れるなんてジンクスはありませんでした。しかし、どうしてこんな噂、ジンクスがひろまったのでしょうか。実は、このジンクスが生まれた背景にはこの渡月橋にまつわる悲劇があったのです。平安時代にこの橋を中心にある男女の悲恋があったのです。

 

・渡月橋はカップルで渡ると別れる起源とは?

渡月橋を渡ったカップルがどれほど別れたのかは、分かりませんが、渡月橋を渡り、出会ったカップルが別れた。という最古のお話が平安時代に残っています。おそらく、そのお話が元になって都市伝説になったのではないか?と考えれています。このお話は、平安時代に愛し合った二人が、時の権力者であった「平清盛」によって別れさせられてしまい、この橋で再会したという逸話が残っているのです。

平安時代は、現代のような自由恋愛ではありませんでした。身分の差というのもがあり、どうしても付き合えない二人、付き合えても結婚まではできないというものがありました。その最たるものが皇族である天皇との恋です。「平清盛」が権勢をふるいってた頃、時の天皇は、高倉天皇という方でした。この高倉天皇という方は、平清盛の娘、「建礼門院徳子」と

政略結婚をしていました。そのため、平清盛が義理の父として朝廷の政治を我が者にしていたのです。なので天皇とはいえ、ほぼ実権などはなく、自由になるものはあまりありませんでした。日に日に気落ちしている高倉天皇のために、建礼門院徳子は、琴の名手である「小督の局(こごうのつぼね)」という女性を呼び寄せ、彼のために琴をひくようにしました。すると、小督の局の美しさもさることながら、琴の響きにも酔いしれ、だんだんに高倉天皇は元気になっていったようです。その様子に、安心した建礼門院徳子は、しばらく琴を演奏するようにと、定期的に会わせていた様です。こうして、高倉天皇と小督の局は出会いました。そして、二人は、惹かれ合っていくのです。しかし、惹かれ合うとはいっても、お互いに自由にならない身分です。彼には、天皇という位に。彼女は、時の権力者に見つかれば、追放される危険性があったのです。しかし、二人はそんな危険な関係でも会い続け、愛を育んでいました。そんな中、ついに運命の日が訪れてしまいます。この関係が時の権力者であった「平清盛」に見つかってしまったのです。「平清盛」は激怒します。

娘というものがいながら、どうしてこんな小娘にうつつを抜かすのだ。だと。二人は、強引に別れさせられてしまったのです。彼は、小督の局を都から追い出し、貴族の別荘地として人気であった郊外の嵐山へと無理やり移転させてしまうのです。もちろんこの事は、高倉天皇は知りません。急に小督の局がいなくなり、びっくりします。そして、事情をしった高倉天皇は、笛の名手であった源仲国という人物に小督の局を探し出すようにお願いをします。

これには、仲国も困ってしまいます。おそらく小督の局は平清盛によって遠くへと連れ出されてしまっているのでしょう。しかし、手がかりがありません。おそらく、別荘地である嵐山に飛ばされたのではないか?と考え嵐山へと向かいます。その地で彼女が得意だったのが琴だったことを思い出し、琴の曲を嵐山の方々で奏でました。すると、嵐山の渡月橋付近で、その音色に答えるように、美しい琴の音が聞こえてきたのです。予想は当たっていました。彼女が琴の音を奏でていたのです。こうして仲国は小督の局を見つけ出すことに

成功し、後日彼女を高倉天皇と再び会わせることに成功したのです。あれ?ちょっと待って。これなら、ハッピーエンドなんじゃないの?と思いますよね。実は、この後、無事に出会えたのですが、再びバレてしまいもう二度と出会えることが無かったのです。そのため、この地が別れる始まりの地。というイメージがついてしまったようです。平安時代の物語が現代のカップルまで影響を与えているのはちょっとスゴいですよね。けれど、平安時代の悲恋はここで別れたのではなく、ここで再び巡り会えたのです。是非、別れたジンクスではなく、再開できる、出会いのスポットとして有名になって欲しいですよね。

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