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千本釈迦堂の桜だけではもったいない! 京都のここからはじまった「おかめの伝説」

   

出典:http://www.daihoonji.com/about/

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京都の中には様々なお寺がありますが、

その中でも、一番古い建物は

どこか分かりますか?

その一番古い建物には、

ある悲しいお話が残っているのです。

 

・京都最古の建物は?

京都最古の建物は

なんと鎌倉時代の初期に

建てられたのです。

1221年のことです。

1192年に鎌倉幕府が成立したと

考えると、かなり昔だということが分かりますよね。

この建物は鎌倉幕府、室町幕府、江戸幕府と

3つの幕府を見てきたことになります。

それだけ長い年月を重ねてきたんですね。

この建物は、

京都の千本通にある

「千本釈迦堂(せんぼんしゃかどう)」にあります。

ここの本堂が京都で最古の建物になっています。

実はこの本堂には一つだけ柱がおかしいところがあるのです。

それには、こんなお話が残っています。

 

この本堂を造営する時に遡ります。

本堂を造営する大工の棟梁に高次という者が

選ばれました。

彼ははりきって、仕事をこなします。

その仕事ぶりは素晴らしかったようで

順調に工事は進んで行きます。

ただし、一つをのぞいて。

ある日彼は、替えのきかない柱の

寸法を間違って切り誤ってしまったのです。

これはどうにも困った。

と思っていました。

そのことを妻「おかめ」に報告すると、

妻が升組を使って高さを調節してみてはどうか?

という提案をしてくれます。

それに従い升組を使った所ピッタリとなったのです。

これで、どうにか工事を切り抜ける事に成功します。

そして無事に800年近く現存することになる

本堂が完成するのです。

しかし、悲劇が高次を襲います。

なんと完成した日に妻「おかめ」は

亡くなってしまっていたのです。

死因は自害。

理由は、棟梁である高次が妻にアドバイスを

貰ったなどと知られれば、後々に影響するだろうという

理由でした。

これには高次は泣きはらし、全てをさらけ出して、

完成した本堂と一緒に

供養をしてもらったそうです。

そんな夫婦の悲しい愛情を背負った本堂は

京都のほとんどが火の海になった

応仁の乱でも燃えず、

ずっと残り続け、京都最古になるまで

残り続けているのです。

是非、千本釈迦堂へ訪れた際は、

一つの柱と、一組の夫婦のお話を

思い出してみて下さい。

おかめは、吉兆をよぶとして、

現代でも、知られていますよね。

その伝説はここから始まったのです。

 

ここにだけしかない芸術とは?

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