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清涼寺の霊宝館で2017年に見られる生きてる仏像の文化財とは? 清凉寺拝観時間と拝観料、駐車場は?

      2018/04/18

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 京都にある「清凉寺(せいりょうじ)」というお寺があります。このお寺には生きたお釈迦様がいると昔から言われてきました。現在では、その生きたお釈迦様がご本尊として清凉寺ご安置されています。そう、今でも生きたお釈迦様とお会いすることができるのです。そう聞くとちょっとどんな仏様なのか気になってきますよね。今回は、清凉寺にある生きたお釈迦様のお話と、拝観するなら駐車場や拝観時間、拝観料のご案内を致します。

・清凉寺の生きたお釈迦様とは?

生きたお釈迦様と言われる理由は?

 清凉寺に現存するご本尊は、インドから伝来した特殊な釈迦像信仰が10世紀末に東大寺のお坊さんであった奝然(ちょうねん)によって日本に初めてもたらされたものなのです。言ってしまえば、日本初上陸した本場インドからの仏様だったのです。その熱気は凄まじく、数多くの名僧が訪れて、数多くの似た仏様が作られて行きました。この日本初のお像は「優填王思慕像(うでんおうしぼぞう)」と呼ばれているもので、お釈迦様が存命中にインドの優填王(うでんおう(ウダヤナ))が造らせたという世界で初めての仏像でした。

この形式の像は、お釈迦様の身長や特徴などをきっちりと捉えています。そのため、お釈迦様の生き写しだと言われていました。そのため、その像を傷つけると赤い血が流れたとも言います。生きている仏像とも言われ、その写しである清凉寺の仏像も「生きている仏様」なのです。それになんといっても日本にはない独特のエキゾチックな雰囲気があります。そしてこのお釈迦様の像の材料も南インドにしかない赤栴檀(しゃくせんだん)という材木が使われています。さらに着ている衣なども流水状の波立ってるような衣です。そして頭も縄を巻き付けたような頭髪をしていて、日本ではあまり見られない特徴をしています。一目見るだけで、これが日本で造られたものではないな。というのが分かります。インドから伝わり、中国で造られた、とても外国感のする仏様なのです。

生きたお釈迦様が日本にどうやってきた?

 まず、この仏様を日本に初めて届けたのが東大寺にいらっしゃった「奝然(ちょうねん)」というお坊さんでした。彼は、938年~1016年の平安時代に生きた方なのです。彼は48歳の時、983年8月1日に宋(当時の中国)に渡ります。すでに遣唐使などが廃止されており、何もパイプなどがない状態でのスタートでした。

 8月1日に宋の商船に乗り込んで九州から中国へと渡り、8月18日には中国にはいっていました。9月9日に北上して行き、天台山にたどり着き、そこで一ヶ月滞在してそうです。その後も、様々な場所を巡り当時の首都である開封(かいほう)に到着したのは12月19日でした。そして年があけ3月13日に五台山を巡りました。この五台山巡りが後の清凉寺の原型になったとも言われています。

 こうして当時最新であった仏典や教典などを手に入れます。そして日本へ帰る途中に後に清凉寺のご本尊となる仏像を造ることになります。造る仏師は「チョウエンコウ」と「チョウエンシュウ」という兄弟です。そして出来上がった仏像の内部には「五臓六腑」の模型と様々な書物などが入れられます。

 これは、先ほどの「生きている仏様」という事に対して実際に生きている証拠として仏像としてではなく、生きた人間を再現するために、五臓六腑を入れたのだと考えられています。こうして出来上がった仏様は大切に日本へと持ち帰られることになるのです。持ち帰ってから九州から京都へと帰り、まずは摂政であった藤原兼家などの有力な貴族たちに帰還の奉告をしていました。2月11日に、パレードをしながらの凱旋帰国という形になりました。このパレードを一目見ようと都大路は人で埋め尽くされたといいます。それほどまでに待望されてついに、インドから中国へ伝わり、そして日本えと初めてやってきた清凉寺のご本尊が京都に入洛することになるのです。

 パレードをしながら、朱雀大路を北に向かい二条を東に折れて、東大宮を北に一条を西に折れて、蓮台寺というお寺にたどり着きます。この蓮台寺というお寺にご安置された清凉寺のお釈迦様は、しばらくこの蓮台寺にいらっしゃることになりました。その間に様々な方がご拝観され、時の権力者などもご参拝にあがったそうです。その時に蓮台寺からこのお釈迦様を大清凉寺というお寺を造営し、そこにご安置してご本尊としたいという彼の野望を伝えたそうです。朝廷に、無事にお寺が造営できるように働きかけたようです。朝廷も承認し、ついに奝然の希望が叶うかと思いましたが、そこで待ったがかかります。なんと天台宗の比叡山がノーと言ってきたのです。当時の比叡山は京都の仏教を支配しており、朝廷といえど比叡山延暦寺にノーと言われると従わざるおえなかったのです。そして、どうにかして大清凉寺というお寺を造営したいと希望していましたが、とうとう叶わないままに1016年に奝然はその生涯を終えてしまうのです。

弟子が受け継いだ意思と驚きの戦略とは?

 しかし、そこであきらめないのが奝然とその弟子たちです。盛算というお弟子さんが愛宕山の麓にある「栖霞寺(せいかじ)」というお寺の中に釈迦堂を建てて、清凉寺という名前にしたといいます。これが1018年のことです。奝然が亡くなってから2年後のことです。新しいお寺の造営というわけにはいきませんでしたが、清凉寺というお寺は完成をみることになったのです。

 この2年という短い時間の間に清凉寺を建てられたのには理由があるのです。盛算はとっておきの手法を持って、短期間のうちに、お寺の造営を認めさせたのです。それは、中国から持って帰ってきた日本には無かった最新の教典を当時の最大の権力を持っていた藤原道長に差し出したのです。当時、彼は病に伏していて、御仏に帰依をする準備を始めていたのです。そのため、最大の関心ごとであった仏教の最新の教典を差し出し、造営を認めさせたのです。盛算や奝然にとっても、この教典はとても大切なものであったことでしょう。しかし、それを手放してまで、この清凉寺というお寺に対しての情熱を向けていたのです。

 こうして、無事に清凉寺が出来上がり、蓮台寺にあった清凉寺のご本尊は、清凉寺へと移ったのです。無事に清凉寺にご安置され、たくさんの方がご参拝に訪れるようになったのです。嵯峨嵐山の地には生きたお釈迦様がいると言われ、篤く信仰されていたようです。その信仰のされ方は、江戸時代などになっても変わることなく、ついに大きなプロジェクトが始まるのです。

・生きているお釈迦様、江戸へ行く懐事情とは?

 なんと、清凉寺のご本尊が江戸時代に江戸へ出張するという出来事が起こります。これは、清凉寺の改修工事の費用が自分たちではまかなえず、人々の助けによって再興しようとしたからです。そのため、興行として江戸へ生きたお釈迦様を連れて行くことになったのです。

 これには江戸の人も関心しきりです。なにせ、京都へ行かなくても、生きたお釈迦様が見られるということもあり、たくさんの方が関心を集めるということになりました。1700年(元禄13年)の4月27日に江戸に向けて117人が列をなして出発することになりました。道心者10人、侍10人、中間36人、上下の者47人を連れての旅路でした。5月16日に江戸に入り、護国寺に到着します。その後、約3ヶ月ほどの期間、ご開帳をして江戸の人々に生きたお釈迦様をご覧になることができたそうです。その時の様子は、アリのように列をなして、お寺には入りきれないので、外にまで列は出ていた。という風にかかれています。

 また、江戸城に二日ほど入り、そこでご開帳され、将軍様も直にお目見えになったそうです。そして興行としては、かなりの収益があったらしく、金4417銀127、銭24841が集まったそうです。かなりの金額が集まりましたね。江戸時代にもこうした美術館や博物館が行うような企画展のようなものがあったのですね。そう考えると、昔から私たちがしていることと、あまり変わらないようですね。

 

・京都駅から清凉寺までのJR電車やタクシーでのおすすめのアクセスは?<

京都駅から清凉寺までの行き方はJRで電車か、タクシーをオススメ致します。

JR電車をご利用される場合の所要時間は50分ほどです。料金は240円となっております。

まず、京都駅からJR嵯峨野線へと目指します。1Fの大きな改札から入り、右手にずっと行くと嵯峨野線の乗り場がございます。こちらから、JR嵯峨嵐山駅までを目指します。急行でも普通でもJR嵯峨嵐山駅は止まりますので、お好きな方をお乗り下さい。そして、おおよそ16分ほどでJR嵯峨嵐山駅に到着致します。ホームから改札まで行き、そこから改札を出て右手にお進みください。そちらから、歩いておおよそ15〜20分ほどで清凉寺に到着いたします。JR嵯峨嵐山駅から降りた後の清凉寺までの道のりはこちらです。

 

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せっかくの京都旅行なので、バスの待ち時間や、他の停留所に停まる時間、降りてから歩く時間を短縮して観光の時間にたっぷり時間を使いたい方、また、時刻表を調べたりする手間や歩く距離を減らして体力を温存したい方には、タクシーがオススメです。

小型タクシーの料金の目安は3500円前後です。

4人で載れば、快適な車内の旅が1000円以下で楽しむことができますよ!

京都駅前にはタクシー乗り場がございますので、そちらにご移動していただきまして、タクシーにご乗車ください。

そうしますと清凉寺まで30分ほどで到着致します。

 

単純な移動に3000円の支払いはもったいない!
そんな方には、運転手つきの車をチャーターすることもできます。
行き先のルート調べや、荷物から綺麗さっぱり開放されたい方におすすめです。

 

 

 

 - 嵐山観光