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織田信長ファン必見? 信長のお墓があるお寺での驚きの行事とは?

   

参考:https://kanko.city.kyoto.lg.jp/detail.php?InforKindCode=1&ManageCode=1000005

参考:https://kanko.city.kyoto.lg.jp/detail.php?InforKindCode=1&ManageCode=1000005

 

戦国時代の有名人といえば、

戦国武将がたくさんいますよね。

その中でも、人気が高いのが

「織田信長」ですね。

京都では、6月2日(火)に

織田信長のファンなら必見の

驚きの行事が行われます。

本日は、その行事について

ご案内いたします。

 

・織田信長のお墓があるお寺で行われる行事とは?

織田信長は、天下を目前にして明智光秀に

本能寺にて討たれました。

有名な「本能寺の変」ですね。

1582年(天正10年)の6月2日の

出来事でした。

歴史が大きく変わった

その6月2日(火)に織田信長のお墓がある

「阿弥陀寺(あみだじ)」にて

「信長忌」が行われます。

でもちょっと待ってください。

お墓といっても、織田信長の遺骨は

見つかっていないといわれています。

だったらどうして、阿弥陀寺に

お墓があるのでしょうか?

ちょっと不思議に思いませんか?

実は、それには、天下をかけた

こんな面白いエピソードがあるのです。

 

・実はお骨は見つかっていた?本能寺の新事実

実は、1582年(天正10年)に

時を同じくして本能寺に入った人物がいました。

それが清玉上人です。

彼は、本能寺の異変を感じ取り、急いで

本能寺へと向かいます。

その時にはすでに本能寺は燃えており、

織田信長も炎の中で自害したようでした。

清玉上人は、明智光秀の軍勢の目をかいくぐり、

本能寺の中から織田信長の亡がらを

運びだし、お骨を阿弥陀寺にご安置したそうです。

そして、現代でもその織田信長のお骨と

お墓が阿弥陀寺に残っているというわけです。

 

しかし、このお骨が運ばれてしまう危機がありました。

それは、豊臣秀吉が天下を狙っていた頃です。

秀吉は、阿弥陀寺に対して、

お骨を差し出すようにと再三要求していましたが、

阿弥陀寺は、信長のお骨が政治的に利用されることを

いやがり、拒否をしてきたそうです。

秀吉は、それに怒り、現在の地に阿弥陀寺を

強制的に移転させたりと、嫌がらせを

行っていたそうです。

それでも、織田信長のお墓とお骨を

守り抜いた阿弥陀寺はすごいですよね。

そうして、現代に、この地にお墓と

お骨が残っているという訳なんです。

いかがでしょうか?

そんな長い間守り抜いた阿弥陀寺は

信長の命日である6月2日(火)に

信長忌を執り行うので

戦国ファンや織田信長のファンの間では

有名なんだそうです。

気になる方は、是非、足を運んでみてはいかがでしょうか?

 

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