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桜の清水寺はなぜ、工事中でもオススメなのか。 地主神社の桜の秘密とは?初めてのお花見?

   

 

 

京都の桜を見に旅行に行こうという方は多いのではないでしょうか?私も、桜を見にスケジュールを立てたりしています。2017年の今年はどこに行こうかと今からワクワクしています。さて、皆さんもそれぞれ、どこに行こうかと計画を立て始める頃ではないでしょうか?そこで、今回はそんな計画を立てる前にお伝えしておきたい京都のドメジャーな観光地「清水寺」のご案内をしておきたいと思います。有名なスポットにはちゃんと有名である理由があるのです。知ってそうで知らなかった意外な有名な理由をご案内します。

 

 

 

 

・清水寺の桜はなぜこんなにも人を呼べるのか?

清水寺は有名ですよね。そのうえ、桜も清水寺は有名なんです。京都なら他のスポットもたくさんあるのに、なぜ清水寺がお花見のスポットとしてこんなにも選べるのでしょうか?実はちゃーんとした理由があるのです。

 

 

 

清水寺の桜は、どうしてこんなにも人を惹きつけて離さないのでしょうか?意外と知らない人もいるのでは?あまり考えたことないですよね。清水寺がどうしてこんなにも人々に人気なのか。実は、案外知らない事実がそこにはあったのです。その理由を答えるには、平安時代まで遡らないといけません。

 

 

 

清水寺の創建も平安時代になります。清水寺には、一本の大きな桜がこの頃から植わっていました。その桜の名前を「御車返しの桜(みくるまがえしのさくら)」と言います。この桜が清水寺の桜のシーズンで人気な理由なのです。

 

 

え?ちょっと待って聞いた事ないよ!なんて反論したくなる方もいらっしゃるのではないでしょうか?そう、ほとんどの方はこの「御車返しの桜」なんてものは知らないのです。でも、なぜ清水寺のこの桜が理由なのか。実は、この御車返しの桜がお花見の起源と言われているからなのです。

 

 

 

えー?清水寺が桜のお花見の起源なの?なんてビックリしませんでしたか?私は聞いた時には驚きましたよ。え?本当に?このお寺がお花見の起源なの?どうして!!?なんて思いました。このエピソードは平安時代の「嵯峨天皇(さがてんのう)」の頃のお話です。

 

 

 

平安時代の前半頃、嵯峨天皇の頃までは、お花見といえばもっぱら「梅」をご覧になることを差していたそうです。今のお花見といえば、桜というわけでは無かったようですね。そんな時代に嵯峨天皇は春のある日に清水寺へお出かけになります。その時に清水寺にある「地主神社」という所に咲く一本の大きな桜に見とれてしまいます。もうそれは時間をたつのも忘れ、一心に見られていたそうです。そして帰る時になっても、牛車を一度止め振り返り、そして二度止め、振り返り、三度振り返り・・・とあまりの美しさに振り返ってしまったそうです。

 

 

 

そうして、その頃からこの桜は「御車返しの桜」と呼ばれるようになったのです。そんなあまりにも美しいこの桜は、たびたび嵯峨天皇に届けられ、そのたびに嵯峨天皇は桜を鑑賞したと言われています。そして、その後、桜の前で宴会を開いたそうです。これがお花見の起源と言われています。つまり、清水寺の地主神社にある桜がお花見の起源だったのです。この頃から、お花見といえば、梅ではなく桜を指す様になったそうです。名実ともに平安時代から日本人にとって特別なお花になったのです。

 

 

 

もう、この真実を知った時、私は衝撃を受けました。そうだったのか!毎年お花見に出かけていたけど、お花見の起源は元を辿るとこの清水寺だったんだ!思いました。だからこそ、私たち日本人は本能的ななにかで清水寺にいってお花見をしたくなるのではないだろうか?なんて思ってしまいます。そんな日本人とお花見にとって特別なスポットがここ清水寺なのです。

 

 

 

・家族で行く時にオススメのスポット

せっかくお花見の起源の場所に行くのであれば、他のスポットも知っておくとより楽しむことができますよ。ご家族で行かれるなら、とってもオススメのスポットがあります。特にお子さんがいらっしゃる方には是非立ち寄って欲しい場所が京都の清水寺はあります。

 

 

 

それが「子安塔」です。これは、清水寺にある三重塔のことです。清水寺の境内の少し離れた場所にあるので、ほとんどの方が訪れません。しかしこちらはお子さんがいらっしゃる方にとっては重要です。それもそのはず、子どもの守護にご利益があるところなのです。

 

 

 

いつになっても、子どもは大切ですよね。事故や病気になって欲しくないものです。事故や病気になったら心配で心配で仕方なくなってしまいます。そこで、清水寺の子安塔にお願いをしてみてはいかがでしょうか?お子さんが十分に大人なっていても心配なものは心配ですからね。しっかりとお願いをしてみてください。

 

 

 

この子安塔には、こんなエピソードが残されています。平安時代にはあった子安塔ですが、実は有名な人物がこの子安塔でお願いをしています。そのある有名人が子どもが立派に育つようにお願いしました。お願いされた子は、いつからか英雄になり、平安時代を駈け、都を平家から救った人物として今日でも知られる方となりました。

 

 

 

そう、そのお願いをした有名人とは「常盤御前(ときわごぜん)」という人物です。聞いたことがあると思います。そしてその常盤御前のお子さんといえば、「源義経(みなもとのよしつね)」という人物ですね。ここでお願いしたからかは分かりませんが、立派に育ち今でも小説やドラマの主人公として描かれるまでになっています。

 

 

 

常盤御前は、父が身罷った後にこの子安塔の前に来て、牛若丸(後の源義経)らを連れてお願いをした後に、お寺に預けたといいます。それだけ母親の愛というのは強いのですね。彼女の子を思う気持ちが分かるエピソードです。母親の愛というのは、現代でも変わりませんよね。お子さんが無事で居て欲しいと思っていらっしゃる母親は大勢いると思います。心配な方は、一度無事で居て欲しいとお願いしてみてはいかがでしょうか?

 

 

 - 京都観光