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通し矢で有名な三十三間堂、2018年の日程と見どころは? 距離ってどれくらいだったっけ?

   

出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/通し矢#/media/File:Toshi-ya_00.jpg

 

京都で1月の風物詩といえば、「三十三間堂」の「通し矢」とお答えする方もいらっしゃるのではないでしょうか?新成人が晴れ着姿で弓矢を持ち、凛とした空気の中であの距離を飛ばすという風物詩です。毎年恒例となっており、ニュースなどでも取り上げられますから、皆さんもご存知かもしれません。

 

 

 

もうすぐその三十三間堂の通し矢が行われる季節がやってきますね。今年はその風物詩を見に行こうかと思っていらっしゃる方に2018年はどんな封になっているかをご案内したいと思います。

 

 

・三十三間堂の通し矢、1月のいつ?

三十三間堂の通し矢は、まず1月の何日に行われるのかを知っておきましょう。通し矢は毎年1月15日に近い日曜日に行われています。2018年は1月14日(日曜日)に行われます。この日の7:45から開会式、8:30からは新成人の男性が、10:50から新成人女性が行われます。13:50からは称号者、14:30から決勝の戦いが行われるのが通例です。

 

 

 

結構、朝早く行われるんですね。新成人の男性の部から見たい方はちょっと早起きが必要かもしれませんね。午後15:00頃までには終わりそうです。ちなみに、ご住所は京都府京都市東山区三十三間堂廻町657になります。

 

 

 

こちらの新成人による通し矢は1951年(昭和26年)から行われているそうです。もう50年以上続いている伝統行事ですよね。今ではニュースになって大々的に取り上げられるなどして有名になりましたよね。でも、この通し矢というのはいつ頃からあったのでしょうか?

 

 

・1月の通し矢、もっと前からブームだった?

三十三間堂の通し矢とは、三十三間堂の通し矢とは、京都市にある三十三間堂の西側の軒下を南から北へと一気に矢を通す競技のことで、江戸時代に大変流行しました。三十三間堂は、千体の仏様がいらっしゃるお堂のことです。

 

 

 

一体、何mあるのでしょうか?そして、実際に矢を通すことができるのでしょうか?三十三間堂の堂前廊下の全長は約122mです。かなりの広さがありますよね。さらに、実際に弓道で使われている距離は約60mです。

 

 

 

そう考えると倍近い長さを通さないといけない。と考えるとかなり、難しい競技。だということが分かりますよね。

 

 

 

これが通し矢なのですが、現代は、新成人が三十三間堂前に並び、的に向かって矢を射ます。もちろん、この時は122mではなく約60m先の的に向かって射ます。

 

 

 

ニュースなどで見ると記念日に三十三間堂前にて弓を射るということがピックアップされがちですが、実は、あれもちゃんとした競技なんです。どんな風に競うのかというと制限時間2分で2本を射て、2本とも的に当たれば、予選通過、そこからは、外した者は脱落していき、最後まで当て続けた選手が優勝となる。

 

 

 

これはなかなか難しいですよね。ずっと当て続けないといけないというプレッシャーとの戦い、そしてそれに負けない精神力など、様々なことがトータルで試される競技のような気がします。ただ、そこで予選通過できただけでも、かなり自信がつきそうですよね。新成人の時にしかエントリーできませんから、記念にはなるかもしれません。でもできるなら優勝をめざしてみたいですよね。

 

 

 

ニュースなどでよく取り上げられるのは、晴れ着姿で矢を構える新成人の女性の姿ですよね。

 

 

 

実はちゃんと競技で熱いバトルが繰り広げられているのです。

 

 

 

さて、1951年から新成人による通し矢が行われているとお伝えさせていただきましたが、それ以前にも通し矢というものが数多く、この三十三間堂にて行われてきました。その中でも、スゴい記録が残された時のお話をしたいと思います。

 

 

 

実は、新成人による通し矢も競技として確率されていましたが、江戸時代には、もっとスゴい競技として行われたのです。江戸時代頃から行われていた通し矢ですが、先ほどの新成人が行うものとは違い、三十三間堂の軒下から122m離れた的に一昼夜矢を放ち続け何本的に当たったかを競う過酷なものでした。

 

 

なんでこんな過酷な競技が江戸時代に人気を博したのかというと、天下をとった徳川家康がこんなことを言ったからなのです。

 

 

 

なんと、この競技に徳川家康が一番多く的に当たった者に「天下一」の称号を与える。となった為に、各国の弓名人たちがワッと押し寄せ大ブームに。なんと、東京浅草にも三十三間堂を再現し、通し矢が行えるようになった。いわゆる三十三間堂の通し矢の出張所ができたのです。なんということでしょうか、これだけでかなりブームになっているということが分かってもらえるでしょうか?それだけ皆さん熱心に通し矢を行っていたのですね。

 

 

 

そして、特に熱いバトルを繰り広げていたのが、尾張藩と紀伊藩。この二つの藩でした。一つの藩が天下一の称号をとれば、負けじともう一つの藩が取り返すというシーソーゲームを繰り広げできた記録が一昼夜矢を放ち続け8133本名中。なんと6秒に1本は矢を放っていた計算になるそうです。恐るべし!24時間、6秒に1本を放つという脅威の記録をみせて、現在もこの記録は破られていないそうです。今でも、三十三間堂の軒下には、放った際に打損じた矢が刺さっていたりします。

 

 

 

もし、新春に三十三間堂に訪れることがあれば、軒下をご覧になってみてください。激しい戦いの後をご覧になることができるかもしれません。

 

 

 

 - 京都観光