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日本の七不思議とは? 京都中に残る不思議を探索しよう。

   

出典:http://www.rokudou.jp

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日本には七不思議と呼ばれる

不思議なものがたくさんあります。

本日は、京都の七不思議を

ご案内していきます。

 

・日本の京都の七不思議とは?

日本では、説明の着かない不思議なものを

七つ集めて七不思議と読んでいます。

江戸時代頃から怪談ものとして

語られるようになりましたが、

最初は、あくまでも不思議なものを

集めたものでした。

なので、今回は、京都の不思議なものを

7つ集めてみました。

 

・京都の七不思議

1つ目は、「六道珍皇寺」です。

ここにある井戸は、なんと

あの世に通じていると言われています。

平安時代の貴族「小野篁(おののたかむら)という人が

この井戸を通じて毎晩、あの世へと

通ったそうです。

今でも、この井戸は現存しており、

遠目から見る事ができます。

 

2つ目は

一条戻り橋です。

死者がこの橋を渡ると、死者が蘇ったという

お話が残されています。

平安時代には、ここに陰陽師である

安倍晴明が住んでいたといいます。

彼はこの一条戻り橋に自分の操っている式神を

隠していたそうです。

そうして、誰が通っていたのかを監視していたそうです。

ちなみに、現在でもこの一条戻り橋を

見る事ができます。

 

3つ目は

「北野天満宮(きたのてんまんぐう)」です。

ここには、日本最強の怨霊の一つとして数えられる

「菅原道真(すがわらのみちざね)」が

祀られています。

それだけではなく、ここには蜘蛛男の巣が

あったと言われており、平安時代には

この蜘蛛男が退治された場所が

北野天満宮だったと言われています。

数々の伝説を残す北野天満宮ですが、

実は、ここが昔の京との境だったから

様々な伝説が生まれたと言われています。

 

4つ目は

「知恩院(ちおんいん)」です。

この知恩院には狐が残したという傘が

残されています。

しかも、それはとても不思議な場所にあるのです。

それは、屋根の裏側です。

ある日、雨で帰れなくなっている人に

知恩院を建てていた大工が傘を貸してあげたそうです。

そうすると、次の日に屋根の裏のところに

昨日貸した傘が返してあったそうです。

取れない場所にあった為か

以降、ずっとその傘はそのままであるといいます。

 

5つめも

「知恩院」です。

知恩院の大方丈にある菊の間にあるふすま絵は

狩野信政が描いたものです。

本来ならば、紅白の菊の上に雀が描かれていました。

しかし、雀の絵があまりにもうまく描かれていた為に

命を宿し、絵を抜け出してしまったと言われています。

そして、飛去った後だけがふすま絵として

残されているそうです。

 

6つ目は

清水寺です。

ここの不思議は、実は一番最初の入り口の部分にあります。

門になにかあるのかな?と思うかもしれませんが違います。

実は、入り口にある「狛犬(こまいぬ)」なんです。

普通、「あ」と「うん」を表すために

口を閉じた狛犬と口を開けた狛犬ですが、

ここの狛犬は両方とも口を開けた

狛犬になっているのです。

なぜ、このように片方だけの狛犬しかいないのかは

現代になっても解明されていません。

 

7つ目は

八坂神社です。

八坂神社の本殿の東北門にある石は

夜になるとどこともなく

泣き出すと言われています。

どんな対応をしても泣き止まないと

言われており、昔の人々は

夜に八坂神社を通るのを

恐れたと言われています。

 

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