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大徳寺で織田信長の葬儀の後に行われた秘密のお茶会とは? 豊臣秀吉の野望の為に殺された利休の像は?

   

出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/千利休

出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/千利休

 

織田信長といえば、皆さんが知る戦国時代の覇者ですよね。その織田信長が1582年6月21日の早朝に明智光秀によって殺されました。織田信長が亡くなり、明智光秀もすぐに中国大返しをした豊臣秀吉に殺されました。その後の覇権をかけて豊臣秀吉と柴田勝家が対立をしましたが、豊臣秀吉が勝ちました。その勝因は、大徳寺で行われた秘密のお茶会でした。私たちが普段よく飲むお茶を使って豊臣秀吉は勝利していたのです。え?どうして?と思いませんか?足軽から天下人になった人物がお茶にかけた情熱とは?そして、そのお茶の聖人である「千利休」が殺された秘密とは?全てのお茶の秘密は京都の大徳寺にありました。

・織田信長はどこでお葬式をあげたの?

まず、物語の全ての始まりは織田信長が明智光秀の殺された事から始まります。彼が亡くなった後にどこでお葬式をあげたのでしょうか?そのお葬式は1582年の10月に豊臣秀吉が大徳寺で行いました。ご存知だったでしょうか?戦国時代好きな方ならご存知だったかもしれません。この大徳寺の葬儀は盛大に行われ、なんと17日間に及ぶ法要を行い15日目には葬儀のパレードまで行われたそうです。しかし、そこの列席者の中に、織田家のものはほとんどおらず、また織田家の後継者として決まった「三法師」すら参加していないというのです。そんな中、誰が喪主を務めたかといえば、織田信長が率いた織田家のものではなく、実質的には秀吉が務めたのです。それこそ、天下に織田信長の後に天下に君臨するのは、豊臣秀吉だということを大々的に知らせることになったのです。今までは清洲会議などでも、織田家のものを後継者に立てたり、三法師の後見人にも信雄を据えるなど織田家を取り立てているように見えましたが、この大徳寺の織田信長の葬儀にはその遠慮がなく、自分の野望をギラギラと覗かせるきっかけになったようです。彼は、織田信長のために総見院という寺院を創建してお墓もこの大徳寺の中に作っています。織田家の信雄が崇福寺というお寺に信長のお墓があったにも関わらず、作ったということはもう天下をコントロールしてやる。という意志が感じ取れますよね。そのため大徳寺には現在でも総見院という織田信長の菩提寺を弔う為に秀吉が建てたお寺が残されているのです。この総見院で、次は天正13年に秀吉の野望が見えてくるのです。

・大徳寺での秘密のお茶会とは?

織田信長のお葬式と彼の菩提を弔うために建てられた総見院ですが、1585年(天正13年)の3月8日に再び歴史の表舞台にあがることになります。この日、何が行われたのかというとお茶会です。このお茶会は実は豊臣秀吉が行った秘密のお茶会だったのです。どんなお茶会かというと、豊臣秀吉が京都や大阪、堺の商人たちを集めて自分こそが織田信長の後継者である!と密かに宣言したお茶会だったのです。えー!そんな重大な発表が大徳寺で!!?なんて驚いてしまいますよね。では、実際に天正13年に行われたお茶会の様子を見てみましょう。この日の出来事は『兼見卿記』という本に記されています。これは、吉田神社という京都の神社の神主さんが書かれた日記でこのお茶会にも列席していたようです。

それによると・・・「明後日、於大徳寺、上下京・大阪・和泉堺茶湯者仕者悉罷出、彼寺中ニ構座敷、茶湯仕也」と書かれており、続けて「茶湯之衆百五十人、希代之興行也、秀吉卿茶湯道具被出之」と書かれています。つまり、この日集められたのは京都の人、大阪の和泉、堺の人たちでいずれも茶湯に通じた商人のようです。彼らは150人ほど集まり、秀吉がこの会を催した。と書かれています。また、『宇野主水日記』の3月8日の項目には、より具体的に秀吉が開いたお茶会について書かれています。これらを総合すると、信長の墓所がある大徳寺の総見院に京都などの茶湯者150名を正体してそこで秀吉秘蔵の名物茶器などを披露するという茶会であったようです。そんな自慢のような茶会がそんなに重要?なんて思いませんか?それでは、「ドラえもん」に出てくるスネ夫と一緒ですよね。しかし、このお茶会は彼が信長の後を継ぐということを宣言したも同然なお茶会だったのです。この時に出された茶器がその証拠なのです。秀吉が持っていた秘蔵の茶器のうち、この日公開されたのはおとこせ釜や芋頭水指、ぬり天目などです。その中でも、注目に値するのは「初花肩衝(はつはなかたつき)」があったことです。この「初花肩衝」が問題なのです。この「初花肩衝」は織田信長が持っていた名物茶器で、1577年(天正5年)12月に亡くなる前の織田信長から嫡男であった織田信忠へと譲渡され、「ひらき御会」で織田政権の重臣に披露されたことによって、政権内では信長の後継者が所有するもと認識されていた茶器なのです。秀吉はなんらかの経緯によりこの「初花肩衝」を所持していたのです。つまり、「初花肩衝」には所有者が天下をおさめる人。という認識があるようです。それを、150人もの前で披露したのですから、これは大問題です。もちろん秀吉は自分がしたことが分かっていて、この茶会にこの「初花肩衝」を出しています。というのも、この大徳寺の大茶会の前に1584年(天正12年)の10月に織田信長の息子である信雄たちを茶会に正体して、この肩衝で饗応しているのです。すでに織田家の前でこの「初花肩衝」を使ってお茶を点てているのです。かなり強気ですよね。すでに天下は織田家のものではなく、この秀吉の天下だ。ということを暗に伝えたのです。そして、翌年のこの大徳寺の茶会に繋がっているのです。彼は、この時にも「初花肩衝」を出してきました。今度は織田家だけでなく、市井の人々にお披露目して、自分こそが天下を治める人だということを大々的に知らせていたのです。それを信長の墓所である大徳寺の総見院で行ったことが信長の後継者として次世代を築く権力者であることを資格的にうったえ、納得させようとしていたようです。これによって、武力を使わずとも、天下を治める人物が誰であるかを訴えたのです。

・利休暗殺の真相とは?

秀吉が大徳寺で行った茶会で天下が自分のものであるということを示しました。そして次に大徳寺がクローズアップされる出来事があります。実はこれもお茶に関連することなのです。その事とは「利休」が切腹されることになってしまった事件です。

千利休といえば、詫びちゃの完成者として皆さんに知られています。この方は、織田信長に召し抱えられさらに、亡くなると、次は秀吉に仕えた人物なのです。彼は先ほど秀吉が行った大徳寺の茶会にも関係しており、大徳寺とは懇意にしておりました。そのため、大徳寺三門の改修にあたって、利休が多大な援助したそうです。そのため、大徳寺が感謝をもって大徳寺三門の2階部分に利休の木造をご安置されたそうです。そして、その後、秀吉がその三門をくぐってしまったが為に問題が起こってしまうのです。利休が亡くなってしまう原因は、大徳寺の三門にあった利休の木像なのです。この事件、秀吉は木像とはいえ利休の股下をくぐったという解釈をしました。つまり天下人の上に利休が居たという構図になってしまい。秀吉は大激怒。居並ぶ弟子たちを押さえ込み、利休が切腹するように命じてしまうのです。図らずも大徳寺で秀吉の転換期3つの出来事がおき、そのうち2つがお茶に関係すること、関連する方の出来事でした。大徳寺は、天正年間でたくさんの事が起こっていたのです。大徳寺こそ、戦国好きにとって訪れて欲しいお寺なのです。そしてお茶好きな方にもオススメです。わび茶の完成者である千利休の最後になってしまう事件が起こった場所で、未だに三門は現存し、利休の木像もそちらにご安置されているそうです。

 

・京都駅から大徳寺までのアクセスは?

京都駅から大徳寺までの行き方は市バスか、タクシーをオススメ致します。市バスをご利用される場合の所要時間は40分ほどです。

料金は230円となっております。

まず、京都駅から市バスのバスターミナルへと移動していただきます。

バスターミナルは新幹線の八条口ではなく、京都タワーやグランビアホテルのある京都駅正面の1F中央口を目指して下さい。

京都駅から大徳寺に1本で向かうおすすめのバスは、2つあります。一つはのりばA3から発車する206番のバスです。22駅先の建勲神社前で降りてから、徒歩で約7分程度です。(350メートルくらい)

もう一つのバスは、B2乗り場から発車する101番です。15駅先の大徳寺前で降りてから、徒歩で約7分程度です。(350メートルくらい)お時間に合わせてご利用下さい。(平成29年2月06日現在)

京都駅のバス乗り場の地図は下記の画像をクリックして下さい。
京都駅バスのりば

 

せっかくの京都旅行なので、バスの待ち時間や、他の停留所に停まる時間、降りてから歩く時間を短縮して観光の時間にたっぷり時間を使いたい方、また、時刻表を調べたりする手間や歩く距離を減らして体力を温存したい方には、タクシーがオススメです。

小型タクシーの料金の目安は2500円前後です。

高い!と感じるかもしれませんが、4人でご乗車になれば、一人600円ほどです。一人頭だとそんなに高くありませんよね。快適な車でルートも考えて走ってくれるので初心者にオススメです。

京都駅前にはタクシー乗り場がございますので、そちらにご移動していただきまして、タクシーにご乗車ください。

そうしますと大徳寺まで25分ほどで到着致します。

 

単純な移動に2000円の支払いはもったいない!、
そんな方には、運転手つきの車をチャーターすることもできます。
行き先のルート調べや、荷物から綺麗さっぱり開放されたい方におすすめです。

 

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