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智積院に残るふすま絵に残る 下克上とは?襖絵の謎に迫ります。

   

出典:http://www.chisan.or.jp/sanpai/houmotsu/

出典:http://www.chisan.or.jp/sanpai/houmotsu/

 

智積院は京都のお寺です。

このお寺は天下人、秀吉が

気づいたお寺が元になっています。

この智積院には、国宝が眠っています。

それが「長谷川等伯(はせがわとうはく)」が

描いた

「楓図壁貼付」です。

この絵には、下克上の物語が秘められているのです。

 

・長谷川等伯の描いた下克上とは?

この時代、天下一の絵師は

天才画家「狩野永徳(かのうえいとく)」でした。

その天才画家に真っ向から挑んだのが

この長谷川等伯でした。

田舎の絵師でしか無かった長谷川等伯は、

天下一の茶人、利休に気に入られ、

京都の絵師の仲間入りをします。

それから、長谷川等伯の人気はうなぎのぼり、

そして二人の天才が直接対決する日が

やってきました。

天正18年(1590年)のことです。

長谷川等伯がついに京都御所の仕事をする

機会が訪れるのです。

今まで、名門である「狩野派」が

一手に担っていた仕事を奪う形で

白羽の矢がたったのです。

それに「待った」をかけたのは、

狩野派の天才「永徳」でした。

彼は、有力者のところに出かけ、

裏で工作を行い長谷川等伯の

御所での仕事は無かったことになってしまいます。

長谷川等伯は、宮中の仕事という名誉、

夢を後一歩のところで奪われてしまいます。

 

一度は、後一歩のところで、

夢を絶たれてしまった長谷川等伯に

再び、大きなチャンスが訪れるのです。

今度は狩野派をさしおいて、

長谷川等伯に直接の依頼です。

これなら、邪魔されません。

さらに、依頼主は当時の天下人秀吉です。

絵師として、これ以上の名誉はありません。

長谷川等伯は、天下一の絵師を目指して、

狩野派に負けない大作を描き上げます。

それが「楓図壁貼付」なのです。

天下一にふさわしい大作で、

巨大な木が画面から飛び出してきそうなほどの

迫力で、余白の金箔も豪華で

緊張感をもたせています。

周囲の草花も、自然に、そして繊細に

描かれており、彼がどれほどこの絵に

かけていたかが読み取れます。

この大作を描き、秀吉も大変満足したと

伝えられています。

この絵が完成した時、

田舎の絵師でしか無かった長谷川等伯は

天下の名門「狩野派」に勝利し、

天下一の絵師という地位になれたのです。

まさに、戦国時代最後の下克上だったのかもしれません。

一度は、妨害工作にあいますが、

最後の最後、夢をあきらめず、必死に耐え忍んだからこそ、

この智積院の絵が生まれたのです。

そんな物語を背景にしながら、見てみると、

この絵がより一層、輝いて見えますよ。

是非、一度、下克上をした絵師

「長谷川等伯」の絵を

ご覧になってみてはいかがでしょうか?

 - 京都観光